2012年01月17日(火)
瓦礫の下の小説
日に日に生きることが信心である。
◆2月11日(祝)午後2時から、バレンタイン直前企画、良縁成就祈願「桃祭」が執り行われます。詳細及び、郵送用の良縁桃形はコチラ。恋愛や結婚につながる良縁だけでなく、人や仕事等の良縁のお願いごとでもかまいません。また、翌日の2月12日(日)は、『絆』の祭日です。第2日曜月例祭は、午後2時より仕えられます。お時間のある方は、祭事後のお茶交流会にもぜひ参加して下さい。
毎年、阪神淡路大震災の日が来るたびに思い出してはいましたが、プライベートなことでもあるので、ブログにはなかなか書けないことがありました。以下は、今回フェイスブックに掲載した内容です。
当時、関学に通っていた高校時代の同級生Fの実家(広島)に電話した。「おお、よかった。生きてたか。安心したわ。」すると、Fは「俺は大丈夫やった。ただ、重松があかんかったわ・・・。連絡してくれてありがとう。」と明るくたんたんと話してはいたが、彼の声からもどこか無念さを感じていた。
あれから17年。二十歳で逝った重松の話題をすることなくここまで年月が過ぎた。彼も関学に通い、司馬遼太郎に憧れ、小説家を目指そうと夢を描いていた。
1月17日、下宿していたアパートが地震で全壊。死後、ゼミの教授と友人たちが遺品を整理しに行った時に見つけたのが、瓦礫の下で埃まみれになっていた原稿用紙。そこには彼の小説や詩が書きためられていた。
それを教授が編集し、学内に出したところ、マスコミでも話題になった。ついに彼の作品は、野坂昭如氏の序文の下、『瓦礫の下の小説』として、集英社から単行本として発売される流れとなった。
思わぬ形だったろうが、彼は夢であった小説家として死ねた。だが、今も生きていたら、いろいろと書いてただろうと思うと残念でならない。
今度、関西に転勤になったFと久しぶりに会う予定。それも高校時代の同級生がオーナーの店で。人の寿命の長短はわからないが、重松を偲び、昔話をしつつ、人生の後半戦に備えてエネルギーを蓄えたいと思う。
六千人を越える御霊様の助かりを祈るとともに、残された者のひとりとして、力強く、日々生きて行きたいと思っています。
※ブックスで、宮の紹介本を作成してみました☆
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2 件のコメント
偶然、オンラインで知り合った方が、阪神淡路大震災体験者の方でした。
こちらを以前からのオンライン友達だと勘違いしたとの事で、彼女も震災の大変なトラウマを抱え、それと向き合う事で苦しい日が沢山ある様です。
全く別の場所、別の震災体験同士なのですが、彼女は、何故だか、良く似た思いを持った人で、正直に色んな事を話してくれます。
昨日、旦那が仕事に行った先が『たのはた』と言う他県の地域でした。
震災の大津波で壊滅した、あの『たのはた地区』だと、後に気付き、以前からの友達だと勘違いから始まった彼女や、たのはたに足を踏み入れる事になった仕事も、何かのご縁なのだろうと感じています。
特別、何かしてあげられる訳でもないのですが、ただ、共にある事を大切にして行けたらとだけ、願うばかりです。
イナム | 2012年1月19日(木)17時35分
亡くなられた御霊。震災復興の祈り。宮でも続けさせて頂いています。
一歩ずつでいいので、前に進んでいきましょうね。
ももやま | 2012年3月22日(木)17時34分