ここで信心を落とさない

心配が増したり、物事を苦に病むようになるのは、信心が落ちた証拠である。その時、これをありがたく思って信心すると、これが修行になって、また一段と信心が進んでいく。そうでないと信心が落ちてしまって、心配や苦難に負けて、どうにもならないようになってしまう。

今日は、福岡県在住の女性(40代)が参拝されました。お父様の会社が倒産し、その後は、気力を失い、半年ほど自宅にこもっているとのことでした。

「父の年齢が年齢だけに、今から会社をもう一度興してほしいとまでは思いませんが、何か興味のあることでも見つけて、明るく楽しく残りの人生を過ごしてくれるようになってくれたらと願っています。」とお願いされました。

また、「倒産していろいろと大変でしたが、悪いことだけではなく、家族の会話が以前よりも増え、今回のことでさらに結束することができました。あと、父の会社で働いていた兄も、待遇のいい会社に就職することができ、本人も喜んでいます。」と明るく話されていました。

人生にはいろんなことが起きてきます。「もうダメだ・・・」という、いよいよの時こそ、いよいよおかげを頂く時だと思って、しっかりと前向きに信心させて頂かねばなりませんが、同時に信心を落としてしまう分岐点でもあるのです。

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