信が強まる

鉄でも使えばすり減る。人間は生身であるから痛いかゆいがあるのは当たり前である。鍬でも刃先の焼き直しをしたら、はじめよりよく切れるようなもので、人間も時々痛いかゆいがあるのは刃先の焼き直しである。これがもとで信心もできるようになり、これが修行になって信心も進んでいく。人間は勝手なものであるから、痛いかゆいがあると信心ができるが、何事もなかったら信心が寝入る。

Yasai0501今日は、祖霊殿にて月例霊祭が仕えられ、先日のブログにも書かせて頂いた、首筋に出来物ができ、癌の疑いもあると言われている女性(60代)も参拝されました。

首筋の腫れが、御神酒を吹きかけたところ、一週間ほどで10分の1になるおかげを頂いた内容を書かせて頂きましたが、その後も出来物が小さくなり続けるおかげを頂かれているようです。「あれだけ腫れていたのに、ほとんど腫れも治まりました。本当は手術しなくて済むのが一番ありがたいのですが、そうもいかないようなので、できるだけ手術がしやすい状態になるようお願いいたします。」と、改めてお願いされていました。

最初は、癌かもしれないと恐れていた彼女でいたが、腫れが小さくなるに連れ、たとえ癌であっても神様がお守り下さっているんだから大丈夫との実感をさらに強められているようでした。ゴールデンウィーク明けに手術されるそうですが、どこか旅行にでも出かけられるかのように、「では、頑張ってきます。」と、明るく楽しそうに宮を後にされました。

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