先祖あってのわれわれ

人間は生き通しが大切である。生き通しとは、死んでから後、人が拝んでくれるようになることである。

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今日は、結界奉仕の合間に年祭の祝詞を書かせて頂きました。年祭とは、仏教でいう法事のことです。この15日、10年前に、80代で亡くなられたあるご婦人の年祭が仕えられることになりました。

戦後焼け野原の中、戦地から帰ってきたご主人が事業を起こされ、そのご主人を支えつつも4人のお子さんを立派に育て上げられました。その後、数々の苦難はありましたが、事業も成功し、子どもたちもそれぞれに独立、晩年は宮にお参りすることを楽しみに余生を過ごされていました。

亡くなられる少し前の参拝でも、子ら孫らの行く末を願われていたことを思い出されます。今、10人の孫さんたちも社会人として独立され、各方面の分野で活躍し、また、当時はいなかったひ孫さんも生まれ、この家の次の世代が芽吹き始めているようです。

10年前に亡くなられたこのご婦人も、戦後の焼け野原の中では、自分の人生が今後どうなるのかなど想像もできなかったことでしょう。そんな中、「さあ、ここからおかげを頂こう。いや、なにがなんでも頂かねばならない。」と神様を心の杖に、必死に苦難を乗り越えられて来られたのだろうと思います。

この家ひとつ見ただけでも、そういう先祖が真剣に生きた土台があっての、われわれ自身だということに気づかねばなりません。われわれは、ひとりぼっちで、今を生きているわけではないのです。



※ブックスで、宮の紹介本を作成してみました☆


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