成功したい人は、師匠の言うことを聞くな!

【開運メッセージ】信心は話しを聞くだけでは十分でない。わが心からも練り出すがよい。

※この記事は、2012年5月22日Colors日本一中立な大人教育マガジンに掲載された内容です。

師匠の言うことを聞くな!!

「師匠の言うことを聞くな!!」とは、いささか暴言かもしれないが、私は一理あると思っている。

ある道の師を持つ弟子の方の話を聞かせて頂いたことがある。

私としては、ご本人の言葉でいろいろと話を聞かせてもらいたかったのだが、師の素晴らしさだけを懇懇と語られるので、「ところで、あなたは師匠を越えようという気はありますか?」と問いかけてみた。

すると、ややトーンダウン気味で、「あります・・・。」と答えをもらったことがある。

あまりのトーンダウン気味の答えに、自信のなさがうかがえると同時に、そのことを日頃からあまり考えていないように感じられた。

師匠と弟子の関係になるとは、簡単なことではない。

そもそも師の門前で、弟子にして下さいと頭を下げた段階の心構えで、その弟子の成長は決まると言っていい。

本当の意味で弟子になるとは、師への尊敬は持ち続けつつも、憧れは捨て去らねばならない。

もし憧れているのであれば、ただのファンのひとりのままでいい。

しかし、わざわざ弟子になるということは、いずれこの師匠を抜こう、抜かねばならないという気構えで師の門前に立たねばならない。

趣味の世界ならともかく、その道で大成したいのであれば、それぐらいの覚悟や志があって当然であろう。

月を指せば指を認む

『月を指せば指を認む』ということわざがある。

師が月を指でさし示して教えると、弟子はその月を見るのではなく、指のほうを見る。

物事の筋道を説明しても、その文字や言葉にこだわって、肝心な点をいっこうに理解しないという意味であるが、志が低ければ、言葉の奥の奥を読み取ることはできず、どうでもいいところにこだわってしまい、後進を道に迷わすような弟子の集まりになってしまいかねない。

「師匠の言うことを聞くな!!」と書いたが、つまりは、自分の見ているのが、月ではなく、師の指ではないのかと自らを疑ってみることが大切だということである。

また、特に師の晩年に触れる者は気をつけてもらいたい。

ある武道雑誌に、「晩年の師匠には従うな!!」という内容が書かれていたので一部紹介しておく。

晩年の師匠には従うな!!

(師匠の)晩年の最後の型を持って、最終、最善の技と勘違いする傾向が往々にあるが、事はそれほど単純ではない。

若い時は、多少がむしゃらでも力ずくな部分があって当然なばかりか、晩年の枯れた技のためには必要でさえある。

そして、中高年になってより無駄のない動きを模索することによって、最後の境地へと達する。

技は、形をなぞっても結局は身に付かず、その変遷の意味を身体で理解してのみ、魂を持ち力となりえるのである。

真の指導者とならんとするものは、その構造を知ってのみ、技を説く資格を有すと言えよう。

『技は、形をなぞっても結局は身に付かず、その変遷の意味を身体で理解してのみ、魂を持ち力となりえるのである』

これは何も武道家だけではなく、経営者にしろ、宗教家にしろ、晩年の師匠の形の物真似をしたり、成功者の言葉を鵜呑みにするだけでは、同じようなレベルに到達することはないということであろう。

最後に

現代は、移り変わりの速い時代である。

本質であり、奥儀を体得していなければ、応用が利かず、変化のスピードに対応していくことは、さらに難しくなるであろう。

師がさし示す先にある奥儀を体得するには、師を越えたいという高い志、そして、言葉や形をなぞるのではなく、変遷の意味を身体ごと理解していく、体験していくことが大切になるのではなかろうか。

師を越えることが、何よりも師への恩返しになる。

まずは、憧れを捨て、己の目を疑うところからはじめてみようではないか。

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