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お知らせ
庶民感覚を忘れずべからず
2005-07-15
昨日、あるご婦人が初めて願いの宮に参拝されました。
「お参りさせてもらってもいいでしょうか?」と切羽詰まった顔で言われるので、「何かお願いごとがあるなら、願いごと記入表に書き込んでくだされば、毎日お願いさせて頂きますよ。」と言わせて頂きますと、中に入って来られ書き込んで下さいました。
その記入表を「結界」に提出して頂きますと、ご主人の病気回復についいてのお願いでした。詳しい病状を聞き、記入表を神殿に奉納し、一緒に祈らせて頂きました。
その後、「お金を・・・」と財布を出して言われるので、「別にいりません。」と言うと、「はい?なんでですか??」と逆に怪しまれてしまいました(-_-;)
なので、「この神さまは、お供えの金額は自由です。好きなだけどうぞ。」とだけ言わせて頂きますと、「では、賽銭箱に入れさせて頂きます。ではまた、お参りさせて頂きます。」と言って明るい表情になって帰って行かれました。
昨日の開運のことばに、“体が病気になったとしても、心まで病気になる必要はありません。心まで病気になるから、治るものも治らないのです。病気の原因を訪ねるよりも、御利益の元を訪ねるべきでしょう。” と書いた直後の出来事だったので、少々驚きました。
ところで、この女性はうちの神さまが何なのか、また正式なお参りの仕方も、結局知らないまま帰って行かれました。理屈から信仰の世界へ入る人にはわからない感覚かもしれませんが、庶民というのはこういうものです。
庶民は難解な信仰など求めてはいません。しかし“体で信仰する” という、一番大切なところだけは生まれながらに知っているようです。



