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お知らせ
メダリストに学ぶ開運術!!「願望」と「感謝」の関係とは??
2012-12-17
【開運メッセージ】我を放せば神になるというが、人間は、生きている間は健康繁盛を願い、農家が五穀成就を願い、商売人が商売繁盛を願うのは当たり前の欲である。我を放さなければならないといって、商売人が損をしたり農家が穀物を取らなかったり、人間が早死にをしたりしたら国はもたない。
はじめに
先日、参拝されたある女性から、「願望」と「感謝」との関係がよくわからないとのご質問を頂きました。
つまり、「感謝」は現状満足であり、そこからは「願望」が出て来ないのではないか?
また、「願望」が強い人の中には、「感謝」が足りない人が多いように思うということなのかもしれません。
さて、読者のみなさんはどう思われますか??
メダリストに学ぶ「願望」と「感謝」の関係
アスリートで想像してみるとわかりやすいかもしれません。
オリンピックで活躍したメダリストにマイクを向けると、みなさん支えてくれたスタッフ、ご家族、さらには応援して下さった方に対してまで、いずれも感謝の言葉を口にされます。
これはなにもメダルを獲得したから出てくる言葉ではありません。
おそらく常日頃から「感謝」の気持ちであふれた中で生活されているからこそ出てくる言葉なのでしょう。
だからといって、自分が目指している目標に対しては、どこまでもストイックであり、「まぁ、これぐらいでいいか・・・」といういような妥協は一切ありません。
そう言う意味では、メダルを獲得する以前に、「願望」がメダル級に強くなければ、到底実現することもないといえます。
つまり、アスリートにしろ、われわれの人生にしろ、「願望」と「感謝」とが、うまくバランスがとれていることが大切だということです。
これを車でたとえるならば、「願望」は、前進するためのアクセルやハンドル、「感謝」は、周囲を確認するミラーやブレーキに当たるのではないでしょうか。
「感謝」は現状満足であり、そこからは「願望」が出て来ないというのは、そもそもこうなりたいという「願望」がないからではないのか。
それとも、「願望」を持ってはいけないという、何がしかの教育を受けているかのどちらかでしょう。
また、「願望」が強い人の中には、「感謝」が足りない人が多いというのは、周囲の確認を怠る暴走車のようなものです。
これでは事故を起こすだけで、「願望」が実現していかないのも目に見えています。
周囲への「感謝」があるからこそ、その人の願いが成就するようにと周りも自然と協力してくれるものです。
もし協力者がいないのであれば、自分のことを周囲が理解していないのではなく、「感謝」が足りないのかもしれません。
神様に願う時も同じ??
神様に願う時も同じことです。
「どうでも助けてほしい」と必死に神様に願う場面も人生にはあるかと思います。
しかし、まずは、今日までこうしてここまでやってこれたことへの感謝を申し上げるのが筋ではないでしょうか。
常日頃から、焦りや不安の心を土台にして願うのではなく、感謝の心を土台にして願わせて頂くことが大切です。
周囲への「感謝」がない人ほど、うまくいかない時に、周囲へあたり散らすものだということは、誰しも経験されていることでしょう。
同じく、「こんな時こそ助けるのが神様ではないのか!!」と、ここぞとばかりに神様にあたり散らす人は、常日頃から神様に感謝していなかった人だとも言えるのです。
「感謝」なき車は、ただの「願望」全開の危険な暴走車であり、「願望」なき車は、前に進むことのない「感謝」お化けのような車でしかありません。
「願望」を持つことは大切であり、「感謝」することもまた大切です。
バランスよくこの二つを使いこなし、人生を上手に切り開いていきたいものです。
新春を気持ちよく迎えるために
今年も、今月で終わりになりました。
可能な方は、年末までに今年一年のお礼参りをさせて頂きたいものです。
参拝が無理な方は、特別祈願でも、祈願メールからでもいいので、感謝の気持ちを神様に送らせて頂くことを考えられたらどうでしょう。
人形の郵送も、お待ちしています
12月30日は「年越大祓式」が午後2時から仕えられます。
人形に念を込め、今年一年の厄を落とし、悪しきメグリを祓わせて頂きましょう。